不動産の物件表示で「駅から徒歩○分」と書いてあっても、実際に歩いてみると、とてもそんな時間ではたどり着けないということがあります。なぜ表示と実際の所要時間に差が出るのでしょうか?
徒歩所要時間は1分=80mがルール
不動産業界の自主規制団体である不動産公正取引協議会連合会では、「不動産の表示に関する公正競争規約(表示規約)」やその施行規則を定めています。不動産広告に「不動産公正取引協議会加盟」と表示されていれば、その不動産仲介業者はこの表示規約を順守していると考えてよいでしょう。
この表示規約では「徒歩による所要時間は、道路距離80メートルにつき1分間を要するものとして算出した数値を表示すること」と定められています。
また、徒歩所要時間は、直線距離ではなく、実際の道路に沿って測定した道路距離を基準に算出されることになっています。
つまり、表示されている徒歩所要時間は、実際に測った時間ではなくて、距離に基づいて80m=1分で計算された時間ということになります。
1分未満は端数切り上げ。駅から0分表示はルール違反
1分未満の端数が生じた場合については、1分として算出することとされています。たとえば極端な話、駅までの距離が800mだったとすると徒歩所要時間は10分ですが、801メートルであれば、端数分の1mは切り上げられて1分とカウントされ、所要時間11分と記載されることになります。
よく「駅から0分」という広告を見かけるような気もしますが、表示基準に基づけば、不動産広告では、たとえ駅前のマンションだったとしても、そのような表示をしてはならない決まりです。
https://www.sfkoutori.or.jp/common/img/alacarte.pdf
平均歩行速度が分速80mを超えるのは、40代以下の男性のみ
こうした不動産広告表示のルールを踏まえたうえで、実際の徒歩所要時間との違いを考えてみましょう。
1分で80mということは、10分で800m。1kmを12.5分で歩く計算になります。
では、実際に人が通常歩行する際の速さは平均どのぐらいでしょうか。大人が歩く速さは1時間4km、つまり1km歩くのに15分などとよく言われますが、実際には年齢や性別、歩幅や日ごろ運動をしているかどうかによって異なります。ただ一般的に、男性の方が女性より速く、また高齢になるほど歩行スピードは落ちていきます。
かなり古いデータですが、阿久津邦男氏の著書『歩行の科学—運動不足克服のために』(1975、不昧堂新書)によると、男性の場合、通常歩行のスピードが最も速いのは40〜44歳の年齢層で、1分あたり95.5m。50歳以上になると分速80mを割り込み、50〜54歳で77.8m、60〜64歳で70.1m、75〜79歳になると54.5mにまで落ち込むとされています。
一方、女性の場合は、どの年齢層でも分速80mを超えることはなく、最も速い45〜49歳でも分速78.6mです。調査データのうち最も若い年齢層の20〜24歳でも74.1m、30〜34歳では72.2m、75〜79歳になると50.7mとなっています。
年齢 | 男性 | 女性 |
20~24 | 87.6m | 74.1m |
25~29 | 85.2m | 74.2m |
30~34 | 95.5m | 72.2m |
35~39 | 85.3m | 67.2m |
40~44 | 82.3m | 71m |
45~49 | 82.5m | 78.6m |
50~54 | 77.8m | 67.2m |
55~59 | 72.6m | 63.5m |
60~64 | 70.1m | 59.2m |
65~70 | 63.8m | 59.8m |
70~74 | 60.7m | 55m |
75~79 | 54.5m | 50.7m |
出典:『歩行の化学』阿久津邦夫著(不昧堂新書,1975)
このデータで男女とも40代の歩行スピードが最も速いという点は興味深いですね。1975年当時の40代と言えば、戦時中に少年期を過ごした世代。軍事教練で速く歩く習慣を身につけていたのでしょうか。
それはともかく、このデータに基づけば、通常歩行速度が分速80mを上回るのは、40代以下の男性に限られます。不動産広告の表示基準とされている分速80mは、女性については、かなり急ぎ足の人を想定しているようです。
距離表示は実情にあわないルールが多い?
この不動産広告の表示基準には、ほかにも実情に即していないと思われるルールがいくつもあります。
坂道は考慮されず。急な上り坂も平らな道も同じ扱い
まず、道の勾配が考慮されていません。平坦な道と比べて歩くのに時間がかかる急な上り坂であっても、原則通り分速80mで表示されることになっています。
踏切の待ち時間は所要時間外
また、経路に道路や線路を横断する箇所があっても、信号や踏切の待ち時間は徒歩所要時間には含めなくてよいことになっています。電車が頻繁に運行する開かずの踏切を横断しなければならない場合などは、表示された所要時間と実際の所要時間に大きな差が出ることもあります。
敷地がいくら広くても、駅に一番近い場所からの距離が計測対象
さらに、団地の場合、広大な敷地を持つところであっても、駅との間の徒歩所要時間は、販売・賃貸対象になっている区画の中で駅に最も近い所からの距離を基に計算されることになっています。個別の物件からの距離ではありません。
一方、駅については、駅の出口のうち物件から最も近い場所までの距離を基に算出すればよいことになっています。駅のホームや改札口までの距離ではありません。東京の地下鉄の駅には、出口から改札口まで何百mもの通路があるところがたくさんありますが、通路部分の距離や所要時間は含まれないことになります。
まとめ
以上のことから、不動産広告の徒歩所要時間は、実際にかかる時間とはかけ離れていることがありますが、それでも必ずしも不当表示とは言えません。表示をうのみにせず、実際に歩いて確かめてみることが重要です。