会社から転勤を言い渡されたら、従うしかないのでしょうか。転勤が以前は、転勤拒否を重大な業務命令違反として懲戒解雇する例もありました。しかし、仕事と家庭の両立を重視する最近の風潮に伴い、こうした会社の人事権を制約しようとする動きもあります。
転勤で引越しを余儀なくされる可能性はどの程度?
転勤で引越しを余儀なくされる可能性がどの程度あるかは、雇用形態や雇い入れ時の契約内容によって異なります。
正社員の場合には、終身雇用が前提となっている代わりに、会社側の配置転換の裁量権も大きくなります。転勤の可能性がある企業では、雇い入れ時の労働条件通知書や就業規則、労働協約に、勤務地が変わる場合があると明記されていることもあります。こうしたケースでは、勤めている限り転勤の可能性は常にあると覚悟しておくべきでしょう。
勤務地限定社員でも転勤の可能性はある
一方、勤務地限定の条件で採用された場合は、転勤の可能性はずっと小さくなります。それでも絶対にないとは言い切れません。勤務地限定という労働条件は、あくまで雇い入れ時の会社の状況に伴って提示された条件と解釈されています。このため、たとえば勤務地だった支店が閉鎖されるなどの状況変化があった場合には、雇い入れ時に勤務地限定の条件があったとしても転勤を命じることが認められているのです。
転勤で引越したくない。辞令は断れる?
日本では従来、転勤命令は原則として会社の人事権の範囲内と考えられており、それが人事権の乱用に当たるものでない限り、転勤を拒否すると重大な業務命令違反として懲戒解雇の対象となることもあります。
8割の企業が社員の意向聞かず転勤命令
転勤について従業員側の意向はどの程度反映されるのでしょうか。
独立行政法人労働政策研究・研修機構が常用労働者300人以上を抱える全国の企業を対象に行った調査結果(2017年10月発表)によると、転勤命令を会社主導ですべて決定する(A)か、社員の意見・希望を踏まえて決められている(B)かについては、「A」「Aに近い」「ややAに近い」の合計は79.7%に上る一方、「B」「Bに近い」「ややBに近い」の合計は19.4%にとどまっています。
約8割の企業では、転勤は社員の意見や希望を踏まえず、会社主導で決められているのです。
最高裁判決が会社側のよりどころに
会社側が転勤命令を人事権の範囲内とする最大の論拠となっているのが、1986年7月14日の「東亜ペイント事件」最高裁判決です。
この裁判は、働いている妻と幼い子供、高齢の母親と暮らしている従業員男性が、会社からの転勤命令を拒否したところ懲戒解雇されたことを違法・不当として、解雇の無効を訴えたものです。一・二審は請求を認め、解雇を無効としましたが、最高裁では原判決を破棄する会社側逆転勝訴の判決となりました。
判決で最高裁は、使用者の転勤命令権は無制約に行使できるものではないとしつつも、転勤命令の正当性の根拠となる「業務上の必要性」については「当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである」と緩やかに解しています。
その上で最高裁判決は、原告の家族状況に照らして「転勤が被上告人に与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである」と判示し、会社側の転勤命令には人事権の乱用はなかったと結論づけています。
このように会社側の幅広い人事権を認める考え方は、一度正社員として雇用契約を結んだら定年まで雇用し続けなければならないという日本の終身雇用制度と一体になったものといえます。
転勤命令が人事権乱用に当たる場合とは
では、転勤命令が人事権の乱用にあたるとされる場合にはどのようなものがあるでしょうか。典型的なのは、従業員への退職勧奨の目的で転勤命令を出すなど、不当な動機による場合や、業務上の必要性がない場合です。
また、最近は世の中の変化に伴い、転勤による家庭への悪影響を考慮して会社側の人事権を制限しようとする動きもあります。2001年成立した改正育児・介護休業法では、転勤によって育児が困難になる場合への配慮を会社側に義務づけており、会社側の人事権の乱用を戒める裁判例も出ています。転勤に伴う家庭生活上の支障が「通常甘受すべき程度のもの」であるかどうかという判断基準は時代ごとの社会通念によって変わるもので、仕事と家庭の両立を重視する最近の風潮や共働き世帯の増加に伴って、会社の幅広い人事権にも制約が加えられつつあるのです。
そこで、会社側に転勤命令の撤回を求める場合には、転勤によって子育てや親の介護が困難になるなど家庭生活に重大な支障が生じること、あるいは転勤命令に業務上の必要性がないことを証明する必要があります。単に「住み慣れた土地を離れたくない」「田舎に行くのはいやだ」「今担当している仕事が好きだから」といった理由では転勤は拒否できないと考えるべきです。
引越しを伴う転勤事情。半数が単身赴任
実際に会社員が転勤する可能性はどのぐらいあるのでしょうか。先に挙げた独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査によると、正社員(総合職)に関しては「ほとんどが転勤の可能性がある」と回答した企業が33.7%と約3分の1を占める一方、「転勤をする者の範囲は限られている」が27.5%、「転勤はほとんどない」(転勤が必要な事業所がない)」が27.1%となっています。そして、正社員の数が多い企業ほど、「ほとんどが転勤の可能性がある」と回答した割合は高くなっています。
同調査では、既婚の正社員を対象に、直近の転勤で「家族帯同(家族一緒に転勤した)」と「単身赴任(家族を残し単身で転勤)」のどちらで転勤したかについても尋ねています。それによれば、国内転勤では家族帯同が45.0%、単身赴任が51.5%、海外転勤では家族帯同が52.5%、単身赴任が44.2%となっており、国内転勤では単身赴任の割合が過半数に上っています。
既婚者が単身赴任を選んだ理由(複数回答)については、国内転勤では、「持ち家があったため」が61.6%で最も多く、次いで「子の就学・受験のため」(52.8%)、「配偶者が働いていたから」(38.4%)の順となっています。海外転勤では、「子の就学・受験のため」が50.3%で最も多く、次いで「赴任地の生活環境が悪いため」(38.9%)、「持ち家があったため」(34.1%)、「配偶者が働いていたから」(30.8%)の順となっています。
まとめ
このように、最近の「働き方改革」や仕事と家庭の両立を重視する風潮に伴って、会社側にも従業員の転勤に一定の配慮が求められるようにはなっているものの、いったん転勤命令を受けたら覆すのはなかなか難しいのが実情です。引越しを伴う転勤の内示を受けたら、早めに準備しましょう。